秋はシャム猫のように   

2012年 10月 03日

朝。
ふと見上げた時計の針は5時15分すぎを指していた。

お米をといで炊飯器にセットして。
さて、お湯を沸かしてお茶でも飲もうか・・・と、その時
いきなり思い出した

♪葉の散る音が そのまま歌になる・・・
「秋はシャム猫のように」だ。

それは、中学3年時の合唱コンクールの曲。
郡の(笑)大会まで行った。
といっても、村内に中学は2校しかないから
たぶん交代で行っていたはずで・・・
おそらくその年は、うちの中学の番だったのだろう(笑)
昔のことだから、そんなものだ。

その年、長年おられた音楽の先生が異動となり
大学では声楽を専攻されたという新卒の若い先生が
赴任してこられた。

友人のひとりが前任の先生のお気に入りだったから
私も一緒に音楽室に入り浸って、友人のピアノを聞きながら
本を読んでいたものだった。
時には、吹奏楽部のフルートを貸して頂いて自己流で吹いたり。
吹奏楽部そのものは、その頃は人数が少なくなって
あってないような状態だったから、そんなことが出来たのだろう。

新任の先生になって、そんなお気楽な訳にもいかなくなったが
相変わらず音楽室にはよく出入りしていた。

その、「秋はシャム猫のように」。
この曲を、その年の合唱コンクールの課題曲として渡された時は
たぶん私だけでなく、全員が驚いたと思う。

その頃の田舎の学校の合唱曲といったら、もう決まりきったもので
お固い曲がほとんどであったから、そのタイトルにまず驚いた。

女声三部合唱曲のそれは
1・あきなればこそ
2・あなたのめが
3・あんまり空が青いので
4・秋はシャム猫のように
この4曲から成っていた。

1、2、4曲目はいまも歌えるが、3曲目が記憶にない。
歌詞の一片も思い出せないのが、どうにも気になって
動画を探してみたけれど、見つからなかった。

私の夏は怪談話の記憶から始まり、秋は猫で深まるようだ。











17年前の夏から秋へかけて。
父の入院していた病院と職場と家との往復で明け暮れていた。
そんなある日の夕暮れ。
それは父が入院して半月ばかりした頃だったろうか。
母と妹と私が病院から戻ってきた時に、玄関前で待っていてくれた
キジトラのタロウの姿はいまも忘れられない。

もしもの時のために、誰か家にいなくてはならなかったから
3人そろってというのは珍しいことだった。
出がけに妹が、玄関先にいたタロウに
「なるべく早く帰ってくるから、どこにも行かないで家にいるんだよ」と
声をかけた、その場所にタロウは待っていてくれた。

それからひと月もしないうちに父は彼岸の人となり
タロウも翌年、父の百箇日を過ぎた頃に虹の橋を渡ってしまった。

秋は一番好きな季節だが、少しばかりつらい季節でもある。
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by mitzi156 | 2012-10-03 08:38 | 昔のはなし | Trackback | Comments(2)

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Commented by liligohan at 2012-10-03 12:47
合唱の選曲って先生の個性だよね。
高1のNコンの自由曲が「花野」って曲で
「祖母たちは歌った、繰り返し繰り返し
琴にあわせて…」って歌詞もメロディも黒髪怨念系で(笑)
ハツラツJKにナニ歌わすねんて思った。
二期会所属のテノールの先生で
いつも情念怨念系自由曲だったなあ、
見かけは明るい人だったけど。
人魚がどうした、恋い焦がれて死んだ、みたいな曲もあった(笑)。
Commented by mitzi156 at 2012-10-04 01:13
りりたん♪
ホント、先生の趣味が出るよね。
「花野」・・・You Tubeで見てきたけど
難しい曲だねー。
これを女子高生に歌わせた先生って、ちょっとすごいかも。
でも私、こういう曲嫌いじゃない。
どっちかというと好き(笑)
いつも情念怨念系の曲って、先生的に「◯◯三部作」みたいな
そんな感じで、なにかテーマがあったのかしら。
去年の曲の世界が今年の曲につながって、来年のこの曲に
つながって完結する・・・とか(笑)
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